個人webサイトのつくりの変更と現代美術をめぐるあれこれ

  • 個人サイトを一本化した。日常の記録も、テクノロジー系も、アートも、哲学も、音楽も、すべてここにまとめる。Works カテゴリのコンテンツとデザインは近いうちに着手する。1 つの基準、1 つのゲーム、1 つの界隈に合わせない。
  • Web サイトそのものをコードを触って作っていく。デザインのアイデアも組み込んでいく。この場所自体が作品となるようにしていく。私はこの Web サイトをコンテンツをプレゼンテーションするツールと捉えない。ここに体験をつくっていくことができると考える。
  • 作品と作品でないものの区別も保留する。人生の出来事をそのまま組み込んでいってもいいんじゃないか?つくられていないもの。卑俗なもの。素人っぽさ。
  • wordpress って最適な開発環境や管理方法がどうもよくわからない。php の html との混ぜ書き感も気持ち悪く感じる。
  • 唐突だが、現代美術というジャンルは結局のところ、私にとってどういうものなんだろうか。
  • 広島市現代美術館が最近リニューアル後にオープンしたらしい。親がそこに行ったというので、どうだったか聞いてみた。すると、記憶にないという。写真や説明があったが、なにが書いてあるのかわからない。1 人の人の作品ではなく色んな人の寄せ集めなのでわからなかった。美術館の空間そのものは歩いたりしたので覚えている、カフェで出てきたきれいな食器は覚えている。屋外にあったヘンリームーアの彫刻は覚えている。つまり、企画展示は意味がわからない、おもしろくない、記憶に残らないものだったということになる。市民が現代美術館の企画展を見に行ってそういう体験をすることがよいことなのか?それでいいのか?ふつうの市民の記憶に残らない美術展って何?と思う。税金つかって?もちろんこれは一例であって、だから現代美術というジャンルがどうとは言えない。しかし、現代の日本社会ではかなり空虚な表現ジャンルだと、私は思う。
  • 独立したジャンルとしてのアートを解体していく方向を、1970 年代以降あたりでヨーゼフ・ボイスやヴィト・アコンチのような西欧のコンテンポラリーアーティストが示している。美術館やギャラリーはケツの穴である。芸術はジャンルではなく行動のモードのようなものになっていくべきだ。
  • 現代美術の表現よりも構築された芸術の制度の延命プロセスが走っているのでこちらが問題だと思う。これは勘で言っている。アートワールドのプレイヤーも下部構造の要求に動かされているだけではないか?下部構造に動かされているという話になると主体性がなくなってしまうのでアートの意味や社会的、文化的な価値を語る主体を構築しないといけなくなる。そのような語り自体が空虚ではないか?もちろんすべては空虚で無価値と言ってしまうと、ゲームが終わってしまうので、どこかで価値判断を下す行為は必要になる。でもその価値を裏付ける説明や物語を色々組み替えたところで、それをよしとできるのか?それが芸術ということにしていいのか?
  • より本質的なのは宗教的な機能だ。神が死んだ近代に宗教的な機能を芸術が継承した。擬似的司祭としての抽象絵画の画家たち(ロスコ、ニューマンあたり)がいる。そこには崇高な壁紙があり、その価値を市民に伝えるためにあえて難解に設計された言語がある。コンテンポラリーアートのつくられた難解さについてこの動画で 西欧圏の人が述べている。わからないようにして価値を生むという手法は宗教にも見られる。
  • 宗教的な機能は人間から要求されて発生する。人間から痛みの意味の問いはなくならない。
  • 宗教的な機能が重要ならば表現形式や表現ジャンルがそれ自体で価値を持つことは当たり前だがない。ハイアートとかローアートというのは単なる恣意的な価値付け、権威付けで序列をつくっているだけだ。アニメやイラストが人を救済し、現代美術にそれができないなら、評価すべきは前者だろう。
  • 宗教的な価値をつくれないから、別の価値付けの方法が常に探索される。アカデミズムだったり、リベラルな価値観だったり、歴史的または社会的に無視される弱者の弁護だったり、つまり、もともと社会的に価値をもっている価値観、言説を価値付けロジックの材料にもってくる。そういうのはつまらないと思う。
  • 批評的に考察するって大事だよね、ユーモアもって別の見方するの大事だよね=>アートはそれできるよね、という社会的な共通前提があるとする。(それも人文系、文化系の一部の人だけの間にあるのだと思うが)しかし、アートが批評的機能をもったからって何?とも思う。他に直接的な価値がないだけではないか?それで人がこの社会で具体的に生き延びられるのか?貴族的な階級の人たちの知的暇つぶしによって、私たちが助かることはない。
  • 現代美術という言葉からスタートするのがダメなんだろう。現代美術の外にいる感じの人の方がいまは面白いと思う。チームラボも外にいたようで今やメインストリーム。チームラボの革新性とか真面目に受け止めて考えよう。光。認知。組織。建築。
  • 適当な思いつきを含めて書き出した。