潜行密用は愚の如く魯の如し(2022.06.18の投稿)

どこの由来の言葉か

– 唐時代(9 世紀頃)の中国の禅僧である洞山良价(とうざん りょうかい)の言葉である

– 洞山良价は中国曹洞宗の開祖とされている

– 洞山良价が書いたとされる『宝鏡三昧』の最後の部分に「潜行密用如愚如魯 只能相続名主中主」(せんこうみつようは ぐのごとくろのご

とし ただよくそうぞくするを しゅちゅうのしゅとなづく)とある

– 曹洞宗では『宝鏡三昧』と『参同契』(さんどうかい)が合わせて読まれることが多い

どんな意味か

– 潜行 ・・・ 人知れず行うこと

– 密用 ・・・ 密は親密の密の意味と解釈されて、すなわち日常の用事、身近な行いのこと

– 如愚如魯 ・・・ 愚かである(ようにみえる)ということ。jobs の stay foolish という言葉にも繋がるようなイメージがある

– 只能相続 ・・・ ただ続けることができること

– 名主中主 ・・・ ちょっと解釈が難しいが主というのは自己であり、修行する者、悟った者の意味。どんなやつを悟った者と呼ぶかというと上記のような条件を満たす者だ、というような意味

まとめると、人に知れることのない日常の行いを愚直にただ続けることが修行であり即ち悟りの状態である、ということ。

何か遠くにある目的を求めたり、特別な行為を求めないことを良しとする考え方が禅宗の特徴だと思うが、この言葉もそんなことを言っている。

なぜこのブログのキャッチコピーにしているのか

SNS やブログのためのプラットフォームと比べてこのような個人ブログは他人に認知されにくい。しかし、SNS 的なブログサービスは人に知られるための設計になりすぎていて、目的によっては使いにくい。少なくとも私のやりたいことに合っていない。テクノロジーを自己宣伝のためだけに使う必要はない。むやみに人に知れる場所に出ないことによって自分の道から外れず、浮つかず、考えたり、何かを制作したりできる。だからこのブログのキャッチコピーは「潜行密用は愚の如く魯の如し」としている。つまり、このブログが道場であることを表している。