今日、個人ホームページの更新作業を完了した。今回のサイト更新は作家として活動していくための準備として行なった。このサイトはもともとはITエンジニアが書く技術ブログのような体裁でつくった。ITエンジニアがよく使うQiitaやZenではなく、どこの誰かもわからない人がつくっている個人ブログをみつけるのが楽しかったし、好きだった。このサイトも出発点はそのような技術ブログ的なものだった。エンジニアとして仕事を得るためのポートフォリオ的な位置付けでもあった。
しかし、途中でそういった限定的な使い方はやめて、自分の関心をそのまま、このサイトに反映させていけばいいと思い、大学でつくっていた作品や卒業した後に会社で働きながら断続的にその時々の思いつきでできあがったような、どうでもいいようなドローイングもWebサイト上で公開してみるようになった。遡ると10代の頃から持っていた宗教への興味だったり、日記のようなものだったり、美術のことだったり、あまり限定せず、人生に起こることはどんなことも書いてしまえばいいと思った。それが2022年頃だったと思う。
わたしは美大に行ったものの、美術をやっていくのは向かないと思い、作品はほとんど捨ててきた。だからそのままの形で現物が残っているものは一つもない。ものをつくったり、活動したりすることは、手放しに肯定できることではなく、別によいことでもないという実感があった。それはいまでもそう思う面もある。何か人生の中で環境が変わる節目で、自分がつくったものを嫌いになり否定し、切り捨ててきた。なぜかそうしてしまう。そして、その後、急に、引きこもって、紙を切ってドローイングをつくったり、Webサイトをつくったりした。
わたしが制作に向かう目的は無に向かうことだけだった。それは今も変わらない。そして無に向かう方法は芸術、美術、ましてや現代美術である必要がなかった。むしろ、禅のマスターがただ歩きながら、信じられないほど穏やかに、手放すことについて語る動画をみて、仏教的な無執着の境地の方が、制作し、「作品」をつくり、結局は社会的に何かを生産し、流通させ、評価を得ようとするよりも、人生にとって本質的だと思った。仏教思想には日常や社会を相対化するラディカルな視点を感じた。それで、無分別という視点に立って「私がつくった作品」などという自我と執着に縛られた所有の概念を拒否して、作品というものを捨ててきた。
何が言いたいのか。17歳の時、フランシス・ベーコンの絵を見て画家になろうと思った。作家、美術家として生きていくということの他に、自分の人生はない、それが10代の頃の直観だった。そして、紆余曲折あり、 IT系の世界で会社員として働いたりして、結局たどりついたのは、作家として生きるという10代の直観に立ち返ることだった。わたしにとって、何らかの作り手であろうとすることは、自我と執着を滅することができない凡夫である自分を受け入れることでもある。
こういうことを書いている、しかも、公開しているということ自体が恥そのものだと思う。しかし、カフカがたしか流刑地で処刑される人物の最後の言葉として語らせたように、死んでも恥だけが残る、と覚悟して書いていく。つくっていく。しかも人生を通してやっていく。それが作家だろうと思う。カフカが残した恥はわたしにとっては希望だった。
いろいろなアーティストがいるが、もう死んだ様々な作家たちの中にも、自己を消滅させ無に近づくという方向性を持っていた人はいただろうと思う。芸術は無へのインターフェースをつくるための技術だ。このクソほどどうでもいい世界で、まず自称芸術家として作品をつくっていくには、「無へのインターフェース」をつくるという意味不明で理解不能な目標設定が必要だ。無は表象できない。無への、という方向性、志向性が重要だとしか、いまは言えない。