絵画の準備を!
昔買ってパラパラ読んだ。全体として理解できない箇所が多かった。けどシュルレアリスムが構築される主体を解体、というか、離脱するような戦略として語られていたことを覚えていて、それは影響受けたと思う、卒業制作前とか。久しぶりに読んでみる。
目次に目を通してみる。モダニズムの歴史という語義矛盾、どういうことだろう、なぜ語義矛盾なのか?〇〇性——作品名、カタカナ——作家名、〇〇と〇〇、のような言葉の並びがある。〇〇から〇〇へ、とか。美術用語、哲学、思想用語、が並びつつ、宮沢賢治、本居宣長、など日本の文学者や思想家の名前がところどころ並ぶ。ほとんど詩みたいなものに感じる抽象的な言葉、代行性の零度、とか意味わからない。こういう文体がなにか興味深い概念や抽象的なアイデアを感じさせるフックとして機能していると思う。1994年ごろから始まっている、2004年で終わる。対話の記録を基にしているのだろうか、いつどこで話したという記録が目次に含まれる。ホテルとか仕事場で話している感じ。近代にフォーカスされている雰囲気あるけど、ルネサンス、中世までは遡っているのが目次からわかる。西洋美術史が軸にありそう、でも、日本の思想、文学、美術たとえば日本画など並列して考えられている。目次の言葉の並びを順番にみていっても意味的なつながりはない、抽象的な言葉が隣り合う、わざとそうしてるのではないかとも思う。わかりやすい論理構成が目次で示されているわけではない。無関係性、抽象表現主義の受容、リベラリズム、上手い/下手、みたいな言葉の並び。
とりあえず気になった箇所読んでみる。そうだな、最近未来派が気になっているから、「現在性——イタリア未来派」を読んでみる。この節は5ページある。
読んでみた。未来派の誰のどの作品がどうという話ではなく、未来派の戦略とはどのようなものか、未来派の構想が示す欲望とはどのようなものか、マリネッテイはどのような規範や価値観をもっていたのだろうか、といった話。未来派の政治的な戦略の話を政治の話に展開していく。権力がいかに同一の現在を起点にして無数の現在を同期し、統一するか、社会階層を現実につくりだすか。国家権力が戦争という災害を起こしそれを受け入れさせる、その時実は個人が国民として統合される、国家の一員ということにさせられるという話。憲法や国家が現在起きている戦争に加担しつつあることに無関心であるとは、権力が引き起こす災害に対して能天気な状態ではないか?そんな話。
世界標準時が設定される前はローカルな時間が流れていた。GTMやUTCといった全世界共通の時間というシステムがいつ、どのような要請でできたか。軍事的な背景、運送システムの効率化など。
バラバラな個人を国民をまとめているのは戦争である。国民として無理やりまとめられてしまう時にはじめて国家を規定する憲法が問題になる。これは重要な点だと思った。
また、コンピュータのシステム日付、UTC時間について、そのシステムがなぜどんな要求に基づいて実装されたのか。インターネット以降の時代の情報の時差のなさ。
イラク戦争の頃の対話。
偶有的な時間。これもキーワード。
未来派といっても、時間、権力、国家、戦争、個人がどのような関係にあるか、という広く深い対話が展開されている。未来派は切り口にすぎない。未来派の戦争に対する価値観をどう解釈し評価するかも問われてくると思う。