表現は社会とその外部の境界から生まれる

なぜアーティストの表現を社会につなぐ役割が世の中に存在しているのか。その理由は表現が自明な社会的な領域からは生まれないからだ。世界の、自明ではない非社会的な領域に人が向かうとき表現は生まれる。アーティストは表現の主体ではない。アーティストは表現の媒体として存在する。人間である作家が表現の媒体それ自体になるには、作家は表現が出力されるシステムの部分として、ひとつの形式として機能する必要があるだろう。そのように機能する時、表現主体としての作家は消滅しなければならない。そして、何らかの表現は社会に接続可能なインターフェース、メディアを必要とする。そのメディアが「作品」とか「展覧会」という語で呼ばれている。

「世界の、自明ではない非社会的な領域」とは具体的に何のことか。これを捉える語を思いつくままにいくつか並べてみて、このノートを終える。

物質、無意味、体、自分、非言語、命、死、科学技術、目の前の日光に照らされた地面、月、汚泥の中に咲く蓮華、電子、歌、偶然、事故、無限、眠り。