ひつまぶし

食事についての私の感覚は他の人からすると嫌なものだろうと思う。すごくおいしいという感情が薄い。ファストフードをよく食べる。牛丼かマックみたいな。好きなわけではない。他に思いつかないのだ。注文する時も値段しか見ないことがよくある。食べたいものはないが食べないといけないなら安いほうがいい、何を食べるか考える時間もなくていい。だから安いものを即決で選ぶ。これはよくやっていた。自炊するにしてもいつも同じ食材を買い、同じ調理法でつくっていた。何回も作るのが苦痛なので1週間分まとめてつくる。味付けは塩、胡椒、醤油以外にはなく、炒める以外の選択肢がなかった。お腹がすくので仕方なく食べる。食べたいという欲が薄いので空腹でエネルギーが切れそうになるまでなにも食べないということがわりとよく起こる。良くないとは思う。食べたくないとも食べたいとも強くは思わない。

ネットで完全食しか食べない男についての画像が流れてきて、悪くないと思った。必要な栄養が含まれている。食べたらアウトプットは便、だから食費とは便をいくらで買っているかということだみたいな考えが示されていた。悪いとは思わなかった。たしかに食べないと死ぬという人体の仕様により、食べることは避けられず、食べることにまつわる様々なタスクをこなすコストも発生する。かといって完全食がよいとは思わないのだが、そういう感覚の人もいるよな、という感想はもった。そして、食事とは孤独だ。食事とは病につながるものであり、生死を左右する。

私にとって食とはこんなものだったのだが、それでも最近食べる機会があったひつまぶしは美味しかったし楽しみがあった。

ひつまぶしを食べた。東京スカイツリーと繋がったビルのレストラン街の中にあった店で食べた。鰻丼のようなものだが食べ方のスタイルがありお茶漬けにして食べたりする。名古屋名物らしい。おひつの中にうなぎが乗ったご飯が入れてあり、それをしゃもじでお茶碗につぐ。まずはそのまま食べる、次に薬味と食べる。薬味はねぎ、わさびだった。次にお茶漬けにして食べる。刻み海苔をいれる。食べ方を変えて味を変える。こういうご飯の食べ方は普段しない。食べ方のスタイルがある。私はあまり食に興味がない方だが、食の文化的な面を面白いと思ったのはほとんど初めてかもしれない。料理は作り方だけではなく食べ方まで制作することができる。味わい方をつくること。味わい方を踏まえて味わうこと。贅沢なことだ。おぼんの中にご飯、お茶碗、薬味、味噌汁、漬物が綺麗におさまっていた。それもきれいだった。

「これを考えた人はうなぎを食べるのが大好きな人だったんだろうね」